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青森地方裁判所 昭和23年(行)35号 判決 1948年12月20日

原告

佐藤三郞

被告

靑森縣農地委員会

主文

被告が昭和二十三年七月三十日自作農創設特別措置法に依り靑森縣三戸郡田子町大字田子字下平三十七番ノ三田三反二畝一歩の内一反歩についてした訴願棄却の裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

請求の趣旨

主文と同趣旨。

事実

原告訴訟代理人は其の請求原因として靑森縣三戸郡田子町農地委員会は昭和二十二年二月十六日同町大字田子字下平三十七番ノ三、田三反二畝一歩は昭和二十年十一月二十三日現在荒屋金藏において原告から賃借小作してゐたことを理由に自作農創設特別措置法によりこれを目的として買收計画を樹立したしかしながら抑々原告は昭和三年以來金藏に右田地を賃借小作させていたが後年次第に自作の必要に迫られ同人に右田地の一部の返還を求めたところ昭和二十一年五月頃右田地中一反歩につき合意解約が成立し同人からその引渡を受け爾來今日まで原告はこれを占有耕作してゐる。ところで小作人金藏は本件買收計画により少くも爾余の田地二反二畝一歩については買受により自作農となり得る利益を享受し前記一反歩の引渡により毫も不利益を蒙らないのみか前記解約は何等不適法不正当なものでないに拘らずこれを無視して爲した本件買收計画は自作農創設特別措置法の律意に背反し違法なものと謂はざるを得ない。そこで原告は前記田子町農地委員会に異議の申立をしたところ棄却の決定を定けたので被告に訴願したところ昭和二十三年七月三十日棄却の裁決を受けた、しかし前記のような違法な買收計画を是認する右裁決は固より違法であるから右裁決の取消を求める爲本訴に及んだと陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告請求棄却の判決を求め答弁として原告主張のような買收計画決定、異議の申立、その棄却の決定、訴願、その棄却の裁決、及び原告主張の田三反二畝一歩が原告の所有であり金藏に賃貸小作せしめめてゐたこと原告が昭和二十一年五月頃金藏から内一反歩の引渡を受け爾來これを耕作してゐることは認めるが爾余の事実は否認する金藏の原告に對する一反歩の田地返還はその自發的意思によるものでないのみか原告主張のような解約については行政廳の許可が欠如し法律上の効力がない、帰するところ田子町農地委員会が爲した買收計画決定は改正前の自作農創設特別措置法第三條第一項第一号同法附則第二項同法施行令第四十三條に準拠した適法な処分であり從つてこれを是認した被告の裁決もまた適法であると述べた。(立証省略)

理由

原告主張のような買收計画決定、異議の申立その棄却の決定、訴願、その棄却の裁決及び原告主張の田三反二畝一歩が原告の所有であり荒屋金藏に賃貸小作せしめていたこと原告が昭和二十一年五月頃金藏から内一反歩の引渡を受けたことは当事者間に爭なく証人奥山左太郞、福田寬三各供述に原告本人訊問の結果を參酌綜合すれば原告は居村の村役場に多年奉職し辛苦を重ね漸く助役の地位に就いたが食糧事情の窮迫から五人家族の糊口をも考慮せざるを得ない環境に置かれまた自らも老境に達し物心両面に至つて余生の安定を得たい心情から昭和二十年秋小作人金藏に対し小作地の一部返還を乞うたこと、返還の交渉はその後数度に及び昭和二十一年五月頃原告宅に原告、金藏の実子彌五兵衞、福田寬三相会し円滿裡に話合の末小作人は内一反歩を返還することを應諾し之を原告に引渡したこと原告は爾來本件買收計画の樹立をするまでは金藏並にその家人から何等の苦情も受けず平穩に右一反歩を耕作して來たことが認められる被告は右返還は自発的意思に出でたのでないと主張し証人荒屋彌五兵衞は原告、及福田寬三に強いられて不本意に返還した趣意の供述を爲すが前掲各証拠に照らしそのまゝ首肯し難くその他証人荒屋勘六、多田〓の各供述を以てしても右認定を覆し被告主張事実を推認するに足りない。被告はまた本件解約には行政廳の許可を欠如し法律上の効力がないと主張するが昭和二十二年十二月二十六日施行の農地調整法中一部改正に関する法律(同年法律第二百四十号)により同法第九條第三項の解約に「(合意解約を含む)」の文言が附加せられた立法の経緯に照らし右施行前の昭和二十一年五月当時に於てはかような合意解約については行政廳の許可を必要としなかつたものと解すべきであり從つて合意解約に伴ふ小作人の原状回復義務の履行としての土地返還は何等違法なものではない。

そこで本件について問題の焦點はただ所謂基準日遡及買收計画を樹立することができるかどうかの一點に帰着するが証人荒屋勘六荒屋仁藏の各供述に証人奥山左太郞の供述の一部を參酌綜合すれば小作人金藏の生計は耕作田畑一町三反余家族十三名中稼働者六名に及び農閑期には副業に依る所得もあり一家赤貧に追はれるような境涯にはないことが推認されかような小作人が狹少な小作地一反歩を地主に返還しても営農に致命的な支障を招く虞はないのみならず小作人金藏は右一反歩を除く爾余の小作地二反二畝一歩については買收並賣渡の計画により自作農となる利益を取得し得る立場に在り乍らこれのみでは飽き足らず小作地全域をも一挙に自己の手裡に收めんがため円滿裡に解決した過去の紛議を蒸し返し一反歩の返還を拒否するようなことは信義に悖るものと謂はざるを得ない從つて原告の側から観察すれば前段説示のように余生の安住を猫額の地に求めてやまない原告から寸尺の土地をも余さず之を奪ひ買收の対象とするときはやがてその生活水準は小作人のそれに対比し著しい惡條件下に晒される宿命に立到ることも予測せられるところである。

以上縷述した観点に立てば田子町農地委員会は本件買收計画を樹立するに当つて、解約の適法且正当性地主、小作人間の信義性及生存維持の衝平性等に関し精緻なる洞察を欠いたものと解せられ斯ような処分は自作農創設特別措置法の律意に抵觸するものと謂はねばならない從つて右買收計画を是認し原告の訴願を棄却した被告の裁決もまた適法なものと判断しその取消を求める本訴請求は理由があるものとして之を認容する。

よつて訴訟費用については行政事件訴訟特例法第一條民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。

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